2017年 05月 12日 ( 1 )

旧古河庭園 (大谷美術館)


 旧古河邸は 陸奥宗光の住まいだった場所に 古河財閥が居宅を建てたものですが
 設計士は 鹿鳴館などを設計した「日本の近代建築の父」といわれるジョサイア・コンドルです。

 外壁は真鶴の新小松石(安山岩)の野面石積み、切妻屋根は天然スレート葺き、
 出窓や玄関ポーチ屋根は 銅板瓦棒葺きです。

 素朴で重厚な外観は スコットランドの建築や英国の別荘建築に近いイメージです。
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 当時の洋館は 居宅といいながらも いずこも主として社交場として使われ、
 実際の居住部分は 洋館に隣接した木造の在来工法で建てられた住宅でした。

 でも この旧古河邸は洋館でありながら、二階の居住空間に和室が組み込まれており
 実際に ご家族はこの洋館で暮らしていたそうです。
 
 これは 当時の設計の考え方としては 画期的で
 旧古河邸が ジョサイア・コンドルによる「近代建築の集大成」と言われるゆえんでもあります。

 旧古河邸の 本館は 延床面積が 414坪  2階建地下1階建てで
 主構造は 煉瓦造、小屋組と床梁は木造、一部鉄骨梁を使用しています。

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 バラ園とは 反対側の「北」に玄関がありますが
 自由に内部を見学することは出来ず、ガイドさんの案内に従って移動します。

 「大谷美術館」によって管理されている文化財ですので 一般公開に際しては 厳しい制限があり、
 各回30人ですので、予約をしていなければ 当日 入場できないことがあります。

 
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 古河家の家紋の入った ステンドグラスの下をくぐり、玄関ホールに入ります

①外から
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②中から (内部は撮影不可のため 以下の画像は すべて資料よりお借りしました)
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 広い玄関ホールを取り囲むように いくつかの部屋があり 廊下がない間取りは
 ゲストを招くことが多い家には 非常に有効です。


 ③サンルーム 
 旧岩崎邸と床のタイルの貼り方が同じでしたので コンドル氏好みの模様なのでしょう。

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 ④応接間
 戦後、連合軍によって使用されていた時に 壁紙も家具も 全てペンキで塗られてしまっていたので
 現在の壁紙は複製ですが 貼り方は当時と同じように 湿度を調整するために 和紙の下地の上に貼っています。 

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 この部屋は 天井の廻縁やインテリアに「薔薇」がモチーフとして使われていますが
 直彫りの非常に高等な技術が見られます。
 
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 シャンデリアも オリジナルの物が残っています。
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 ⑤ディナールーム
 部屋のインテリアには 果物のデザインが彫刻されており、
 腰壁を高くして 楽器の生演奏などの音響効果を上げています。

 暖炉は ではなく 石炭を燃やすタイプで、周囲は大理石です。
 当時の建築には 壁に断熱材が入れられていないので 寒かったでしょうね。

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 ⑥階段
 天井高が高いので 段数が多くなりますが 蹴上は低くゆるやかです。

 画像はありませんが 2階のホールにトップライトを設けていて 明るい空間になっています。
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 ⑦仏間
 神社建築でよく見られる花頭窓を 部屋の壁に埋め込んでいるあたりが
 日本人ではなく 西洋人の設計だと感じさせられます。

 天井高も柱の芯々の幅も 「尺」単位ではないでしょうから
 当時、これを作った建具職人が どれほど苦労したか 想像しただけで楽しくなります。
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 ⑧居間
 画像はありませんが 和室と2階のホールの間には 戸襖と木製のドアが二重になっています。

 和室から見たら戸襖ですが、ホールからはドアですから あたかも洋室のように見え違和感がありません。
 そのこだわりが 今の日本建築にもあればなあ。
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 あっという間の1時間、
 外から見るのと 中を見るのは大違いの 旧古河邸でした。

 東京都の所有ながら、大谷美術館が維持管理していることが 幸いしているのかもしれません。

by saint-arrow-mam | 2017-05-12 06:00 |   庭園に行こう | Trackback | Comments(4)