カテゴリ:  忘備録( 17 )

お年玉切手シート 2017

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 今年も 約200枚の中で 4枚が 3等に当たりました。
 確率通りと言えば そうですが、なんだかなあ、、、、007.gif

 でも 今年の切手シートは デザインがかわいいので 気兼ねなく使うことができそうです。

 2016年の切手シート、 2015年の切手シート、 2014年以前の切手シートに比べても 
 デザインイメージが 全く違います。


 また 裏を見ると、、、、
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 切手の周囲に 花の模様に 小さな穴が開いています。

 役にも立ちそうもない この「穴」が 妙に可愛らくて、、、 ちょっと うれしい 037.gif
 

by saint-arrow-mam | 2017-01-28 08:21 |   忘備録 | Trackback | Comments(4)

大丈夫じゃない

 
 広島の我が家のリフォーム工事が終わりましたが、
 壁を取り外した時、床下を見ることができた時、天井裏が見えた時、
 機会を見て 基礎や構造の状態を点検しました。

 我が家が完成したのは 1968年。
 築年数にしては 家のゆがみなどは少ない方だと思いますが、
 初期の「建築基準法」による「旧耐震基準」の住宅だけに 大丈夫であるはずもなく、、、



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建物に耐震設計が初めて義務付けられたのは1950年で この年に建築基準法が制定されました。



その後1964年の新潟地震、1968年の十勝沖地震を経て 1971年に建築基準法の改正があり、さらに 1978年の宮城県沖地震を経て1981年に大きな改正があったので、1981年6月以降の耐震基準を「新耐震基準」と呼び、1981年5月以前のもの(旧耐震)と区別しています。


その後も建築基準法の改正は行われ、1995年の阪神淡路大震災を経て2000年の改正、2004年の新潟中越地震を経て2005年にも改正、と繰り返されましたが、
2006年に耐震強度構造計算書偽装事件が起こり、2007年には建築確認申請の厳格化などを盛り込んだ建築基準法の改正が行われました。


このような経過を踏まえたうえで、 一般的に 木造戸建て住宅の転換期は 耐震性が大幅にアップされる内容が盛り込まれている1981年の建築基準法の改正時だと言われています。


 下のグラフは 「揺れの強さによる木造住宅の全壊率」ですが
 これを見ると 1981年が木造住宅の耐震性能の境目になっていることがわかります。

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 言い方を変えれば 我が家のように1981年5月以前に建てられた家は 
 揺れに対して非常に危ない ということです。

 また グラフを見る限り 震度7の強い揺れでは 新耐震基準をクリアしても万全ではなく
 木造住宅であっても近年のマンションのように 免震や制震などの被害軽減の対策がされていなければ 大丈夫とはいえません。

 いくら免震マンションに住んでいても 東京にいる限り 予想されている大地震の恐怖から逃れることはできませんが、
 もし広島に 大きな地震が起こったら、、、、、002.gif

by saint-arrow-mam | 2016-11-07 09:20 |   忘備録 | Trackback | Comments(4)

紫のポスト

 家の近くの郵便局の中に 紫色のポストがありました。

 ポストのあちこちに サンフレッチェの選手のサインが寄せ書きされています。
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 インテリアのポストではなく、このポストに郵便物を入れれば ちゃんと届けてくれるようです。

 この紫のポストを外に出したら ポストごと盗まれるので 郵便局内に入れているのでしょうね。

 うむうむ、そげなら 赤いポストは みな カープのポストじゃろう。(笑)
by saint-arrow-mam | 2016-05-04 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(6)

お年玉切手シート 2016

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 自宅に 3が日までに届けられた年賀状の 約250枚を とりあえず持って上京しました。
 
 その中で お年玉が当たったのは わずかに 3シートの切手のみ、、、、、 "ガックリpon" です。

 (昨年より少なくなっていると思いますが) 仕事関係の年賀状が まだ100枚程度あるとしても

 もう これでいいや、、、と 少々投げやりな気分です。(笑)
 
by saint-arrow-mam | 2016-01-29 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(10)

ノーベル物理学賞 in2015

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 日本はミクロな世界を探究する素粒子物理学で、これまでも世界的な研究者を輩出してきた。
 原子核を構成する陽子同士を結びつける「中間子」の存在を予測した湯川秀樹氏(故人)が
 1949年にノーベル物理学賞を単独受賞したのを皮切りに、朝永振一郎氏(故人、65年)、
 小柴昌俊氏(2002年)、南部陽一郎(故人)、小林誠、益川敏英の3氏(08年)が同賞を受賞。
 今回の梶田隆章氏で7人目となり、日本の底力を世界に改めて示す結果となった。

 この素粒子物理学の中でも、特にニュートリノ観測の研究は「日本のお家芸」ともいえ、
 多くの重要な研究成果を世に出し、常に世界をリードしてきた。

 その系譜は、東京大特別栄誉教授の小柴氏の研究から始まった。
 巨大な水槽で宇宙から飛んできた素粒子を観測する「カミオカンデ」を開発し、
 87年に16万光年かなたで大爆発した超新星から飛んできたニュートリノの観測に 世界で初めて成功した。

 研究は小柴氏の愛弟子だった戸塚洋二・東京大特別栄誉教授(故人)に引き継がれる。
 戸塚氏は大型化した「スーパーカミオカンデ」を開発し、96年から運用を開始。
 2年間にわたって観測とデータ解析を慎重に進め「ニュートリノ振動」という歴史的な結論を導き出した。
 ノーベル賞の最有力候補と言われた戸塚氏は08年に大腸がんで惜しまれつつ死去したが、
 実験のとりまとめや論文執筆で中心的な役割を果たした後輩の梶田氏が栄誉に輝いた。
             (画像および文章は 朝日新聞より抜粋)


 2002年に ノーベル賞を受賞された 小柴先生の講演会に行ったのは 2011年4月。 

            『憧れの小柴昌俊先生の 講演会』

 講演会で 小柴先生は 
 「日本企業の技術レベルの高さなくして 「スーパーカミオカンデ」という実験装置は出来なかった。
 ノーベル賞は 研究者だけでなく 装置を作った技術者のものでもある」 
 とおっしゃっていましたが それは 今回も 同じことが言えるでしょう。

 ああ、再び ニュートリノの話を聞くことができるチャンスがないかなあ。
by saint-arrow-mam | 2015-10-09 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(2)

豊洲の歴史

 面白い写真を目にしました。

 写真右奥の埋立地が晴海埠頭で、左奥が豊洲埠頭、
 手前に見えるのが かつて豊洲の中心であった石川島播磨重工業の造船所です。

 豊洲石炭埠頭が操業を開始した1950年頃のようです。

 年表を調べてみると 1939年に石川島(佃島)にあったIHIの造船所が 埋立地である豊洲の地に移り、
 石炭、ガス、電力の専門埠頭も延伸、整備されたようです。

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 ところが 1988年に地下鉄有楽町線の豊洲駅が開業し 都心へのアクセスが良くなり、
 さらに1993年に首都高速10号線の延伸が発表されると 街の様子が変化し始めます。
 
 1997年に東京都が「豊洲・晴海開発整備計画改定」を策定したのに伴い
 さまざまな施策が打ち出され、豊洲の開発がスピードを増したようです。

 現在と 比較する資料がなかったので Google mapで似たような 位置から見ると 
 かつての日本の高度成長を支えた工業都市が 
 高層マンション、高層ビルが立ち並ぶ 市街地に再開発されていることがわかります。

 知っているだけでも 高層ビルが10棟近く存在していないようなので、
 現在は もっと数多くの高層マンションや高層ビルが建てられているハズです。

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 実は お豊洲の街を歩いていると あちこちで 不思議なオブジェに出くわします。

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 これは「産業遺構」と呼ばれるモニュメントで、
 かつてこの地に造船所があったころの記憶をとどめるために
 大型船舶の錨(いかり)、錘(おもり)や歯車付車輪が 
 オブジェとして あるいはベンチとして新たな役割を与えられているもののようです。
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 近年では 2006年に ゆりかもめが延伸し、芝浦工業大学豊洲キャンパスもオープン

 昨年は 昭和大学江東豊洲病院が開院し、
 今年は 豊洲シビックセンターがオープンし、
 来年 2016年には 築地から豊洲新市場へ 移ってきます。

 そして オリンピックの年には この地に選手村ができる予定だそうです。

 激しく変貌を続けているこの街で ずっと育つkoharuにとって 
 果して ここが懐かしい故郷になりえるのだろうか?と
 田舎育ちのバーバは首をかしげています。
by saint-arrow-mam | 2015-02-21 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(4)

お年玉切手シート 2015

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 今年は いただいた年賀状 約400枚の中で 8枚当たっていました。

 そもそも 2/100 の確率で当たるわけですから ほぼ確率通りだったということになります。

 昔の1等は カラーテレビだったり 自転車だったり、夢のある景品だったと記憶しているのですが
 今の1等は 1万円 のキャッシュなんですね。

 1等が当たるなんてことは あきらめていますが、「夢」くらい見させて欲しいなあ。
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 1月も最終週になり Shinpapaが 帰広してしまったので 今日から 臨託単身赴任です。

 頑張るぞぉ!!
by saint-arrow-mam | 2015-01-28 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(8)

旧 2円切手

 4月1日から 消費税が8%になると、郵便料金が50円→52円、80円→82円になるので
 2円切手が 必要になります。
 当初 50円→51円 と聞いていたのに いつのまにか52円になっていたので びっくり。

 以前 60円→62円になった時に 2円切手をまとめて買っていたので 切手箱の中に残りがありました。

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 今回、てっきり これが使えると思っていましたら、
 秋田犬のデザインされた2円切手は 2002年に発売停止になっており、 
 発売された新しい2円切手は かわいいうさぎのデザインとか、、。

 もちろん「秋田犬2円切手」を 使えないことはありませんが、
 色もデザインも なんとなく古臭い感じがして ム・ム・ムです。

 ちなみに 私の持っている「秋田犬2円切手」は 平成に発売されたものですが、 
 昭和に発売されたものは 「2」の字が異なったデザインになっています。

 切手を収集する上では、当然のことながら 昭和に発行された「秋田犬2円切手」が 価値があります。
 その FDCを 大先輩は お持ちでした、、さすがですネ。
   http://tanmatsui.exblog.jp/18624870/
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by saint-arrow-mam | 2014-03-06 09:18 |   忘備録 | Trackback | Comments(7)

算術の世界

 国立科学博物館は リケジョ(理科系女子)にとっては ディズニーランドと 同じように
 ワクワク ドキドキと 興奮をさせてくれる夢の国でした。

 このあと、西洋美術館に行こうと思っていたのですが、とんでもない。
 国立科学博物館だけでも 時間が足りないくらいです。
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 万年時計の周りをグルグル回っているときに、目線の先に 古木の看板を見つけました。
 どこかで見たことがある、、、

 そうだ、先日 教えてもらったばかりの 「算額」に違いない。
 近づいてみると 春日神社(一関市)に1847年に奉納された 算額の複製でした。

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 思いもよらぬ出会いに 飛び上がりました。
 
 ブログを拝見したのを機に 興味を持ち あれこれサイトをのぞいていただけに うれしくってたまりません。

   @ 江戸時代の庶民の和算書である 「算法出世宝大全」 (オリジナル)
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   @ 方程式も解ける江戸時代の計算器 算盤と算法書 (オリジナル)
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   @ 習得レベルが5段階あったという 「関流算術免許皆伝書」(複製)
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 さらに 複雑な連立方程式を解くことができる 日本で初めての大型計算機械
   @  九元連立方程式求解機 (オリジナル) 
   まったく  『求解機』 という名前が またイイんですね!!
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 そして 日本で最初に稼働した電子計算機 
   @  真空管式計数型電子計算機 FUJIC (オリジナル)
 1956年に真空管を1700本も使用し、人手の約2000倍の計算速度であったようです。
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 おそらく ブログをしていなかったら 和算術のことも知らず、素通りをしていた コーナーだと思いますが、 
 こんなに 心躍る 嬉しい出会いをすることができるなんて、、、
 
 ブログをしていて よかったと思いました。

 明日に続く、、、、。
 
by saint-arrow-mam | 2013-10-31 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(8)

自鳴鐘(じめいしょう)

 ずーーーーーーーーーーと 見たいと 思っていたものに会えたので 今の私は 非常にハイテンションです。
 落ち着いて 落ち着いて、、、
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 あいにくの雨ふりでしたが、上野の森に 出かけました。

 最初に訪れた 「東京国立博物館」 は 今までに何度か訪れたことがあるので、中を ざざざ と見て回り、
 10月26日から 一般公開されている庭園を 歩くことを目的としました。

 お庭には 点々と 古い由緒あるお茶室などが 移築されているのですが、
 思ったほど広くなく 建築物の保存状態も悪いので 足早に 出てしまいました。

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 はやる心で向かった先は 隣の「国立科学博物館」 です。
 (似たような 名前で ややこしいこと)

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 脇目もふらず 直行したのは 和時計最高の傑作といわれる 400日巻きの複雑精巧な「万年時計」です。

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 「からくり儀右衛門(ぎえもん)」 あるいは 「東洋のエジソン」と よばれた田中久重(ひさしげ)が
 1851年(嘉永4)に完成させ、久重が自鳴鐘(じめいしょう)と名づけました。

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 国立科学博物館の「自鳴鐘(じめいしょう)」は オリジナルですが、
 この複製が東芝科学館に 展示されていて 複製は実際に動いているようです。

 つい最近まで 「万年時計」について 全く知らなかったのですが、
 先輩ブロガーに その存在を 教えていただいてからというもの 
 見たくて見たくて、、、、、、、やっと  会えた という感慨の対面でした。(笑)

 平成18年度に重要文化財に指定された 貴重な展示の足元に置かれた説明書きには 
 以下のように書かれています。

江戸末期から明治初期に活躍した田中久重が、その持てる技術の全てを傾注して制作した和時計の最高傑作。不定時法に合わせた割駒式文字盤などの各種表示や 太陽や月が自動運行する天象儀が備えられ日本独自の創意工夫が随所にみられる。また当時の職人らにより、意匠的にも美術工芸的にも優れたものとなっている。 

 「自鳴鐘」の周りを グルグル何回も回り、覗き込んでは カメラ撮影を試みましたが
 悲しいことに ガラス越しなので ほとんどが ボツでした。

 「彫金」や「透かし彫りの飾り柱」
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 「螺鈿(らでん)」や「蒔絵」
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 「台座の七宝飾り」
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 こうなれば東芝科学館で動いている 複製の万年時計も 見たいものです。
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 国立科学博物館では この他にも キャーーーーと 声をあげたくなる展示に
 たくさん出会ってしまいましたので、明日も明後日も 続けてまとめます。


 
by saint-arrow-mam | 2013-10-30 06:00 |   忘備録 | Trackback | Comments(2)