『東京駅 丸ノ内駅舎』

 東京駅丸の内駅舎は、ジョサイヤ・コンドルを師と仰ぐ辰野金吾により設計され、1914年(大正3年)に創建されました。
 
 創建当時のイメージ 
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 しかし、その堂々たる姿で、多くの人々に愛されていた東京駅は 1945年(昭和20年)、戦災により南北のドームと屋根・内装を焼失しました。

 創建当時の柱が ほんの一部だけ 現在の東京駅のホームに 残されています。
 いずれは取り壊されるだろう運命の柱を 昨年来 上京する度にホームで探し、2か所見つけることができたので、ファイリングしています。

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 戦後、元の駅舎を再建しようとしたのですが、予算がなく、3階建ての駅舎を2階建て駅舎として復興したそうです。
 しかし、この度の「保存・復原工事」で、外観は創建時の姿に忠実に再現されるというので とても楽しみにしていました。

 完成予想パース 
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 さらに、未来へ継承するため、鉄骨煉瓦造の下に地下躯体を新設し、機能拡大の工事を行い、
 巨大地震にも耐えうる建築とするため、「免震工法」で施工されています。

 駆体施行図 
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 10月に一般公開される東京駅の新駅舎が この日(9月24日)一足早く報道陣に公開されるため、
 現場では 足場が外され、仮囲いも撤去され 多くのカメラマンでにぎわっていました。

 一般のヘボカメラマン shinmamaの写した 新東京駅です。 (パノラマ加工)

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 偶然 駅舎を背にして テレビカメラに向かって話している 専門家らしき人がいましたので 耳をダンボにして話をメモメモ。

 1階2階のレンガ張り部分は保存して、3階部分を新しく増築したようなイメージだ。
 しかし3階部分には 構造上 レンガではなくタイルを使うことになった。
 
 現在、日本で使われているタイルのほとんどは 中国で作られているが 東京駅の復原工事には日本の小さなメーカーが作ったタイルが使われている。
 既存のレンガと違和感のない色に合わせるために メーカーは試行錯誤を繰り返し、見事なタイルを作り出した。



d0174983_1337155.jpgしかし タイルはレンガに比べて 厚さが薄いため 重厚なイメージにならない。

そこで 目地をアールにして、
目の錯覚で厚みを感じられるよう工夫した。


フムフム、、、、目地ねえ。 
1階の入り口付近は 今回、修復しているので タイルのはずです。
見に行ってみました。(疑うわけではないのですが、、)

「洗い」は まだのようですが、たしかに目地が Ω になっています。
いい仕事 してるねえ、、。
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 私の経験から考えて タイルの「角役物(角に貼る目的のタイルで L型になっている)」も90度のL型だけではなく 何種類かの角度に曲がった「角役物」が必要だったのではないか、また、「タイル割り(美観上、小さな欠片のタイルを貼らないように あらかじめタイルの幅、目地の幅、施工する場所の縦横の幅の調整をしておくこと)」で 綿密な計算をして行ったに違いなく、今回の工事は建物の復原なので おそらくタイルの方で 数値の調整をおこなったのではないかと、、、。

 煩雑な作業を 高度な技術でやり遂げられたのは、日本の小さなタイルメーカーだからこそ可能だったのではないかと 思うのです。

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 東京駅の新駅舎には 東日本大震災の被災地の「奇跡の瓦」が使われています。
 下記は 昨年のメモメモですが、この機に自分のブログに残しておきたいと思います。

宮城・石巻市雄勝町(おがつちょう)は、主に屋根材に使われているスレート瓦の名産地で知られてきた。
スレート瓦というのは、薄板状に割れやすくなった天然の岩石を加工したものである。

スレート瓦を扱う「四倉製瓦工業所」は、津波で工場の機械を失った。
しかし、この会社のスレート瓦は、東京駅舎の復原工事に使われることになっていた。

出荷目前だった2万5,000枚の瓦は、倉庫が海岸近くにあったため、その多くが流された。
「建物から何から何まで崩壊した。みんなで東京駅に出そうと頑張ったのに...」

雄勝のスレート瓦が絶望視される中、真っ先に始めたのは、1枚1枚拾い集めるという作業だった。
使える瓦かどうかを見極めるのが、「たたいた音」。
使えない瓦からは濁った音が鳴り、使える瓦からは甲高い音がする。
職人たちは1枚1枚叩いて確認した。
瓦の泥も丁寧に洗い流し、何とか1万5,000枚を確保することができた。

石巻市雄勝町の「復興のシンボル」を なんとしても東京へ出荷したい。
四倉さんは5月10日、東京駅を訪れ、「2億5,000万年前の石が、1,000年に1度の津波に負けてたまるかと」と熱く語った。
工事までに納品可能ということもわかり、無事、採用が確認された。

6月4日、スレート瓦は、東京駅に向けて石巻市雄勝町を出発した。
東日本大震災から4カ月たった7月11日、東京駅の屋根部分の復原工事では、石巻市の瓦職人が作業に入った。

雄勝のスレート瓦がふかれる中央部の作業が本格的に始まるのは9月ごろ。
東京の空の下で、多くの人の思いが込められた復興のシンボルが輝くこととなる。


 「奇跡の瓦」のことを知ってからは 1日も早く新駅舎を見たいと首を長くして待っていました。
 そして この駅を見上げるたびに 被災地の皆さんがこの瓦に込めた思いに 心を寄せようと思います。

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 内部を一部見ることができましたが、写真を写すには まだ不十分な状態でした。
 照明器具、天井の装飾を含め、内装は次回の参勤交代の楽しみの一つにしようと思います。

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by saint-arrow-mam | 2012-09-27 07:01 |    1901~1920年 | Comments(8)
Commented by Hiro at 2012-09-27 07:21 x
9月15日 同窓会で上京した夜、この東京駅のライトアップが行われたことを帰宅後に知りました。残念!

翌日 この界隈をウオーキング、6月に上京したときにはフェンスに囲まれていた駅が姿をあらわしていて、
ここのステーションホテルに一泊したら宿泊料金はどれくらいか? の思いから、撮影をするのを忘れました。

平素八重洲側にあるホテルを利用するので、工事中の丸の内北口をごぞごそ歩き、郵便局に行くので、
駅を撮る機会はありましょう。
一足早く拝見させて頂きました。

なお、丸の内駅舎が完成する10月1日(月)、18時からの点灯式とともにライトアップが始まったようですが、26日(水)の夜には、駅舎全体に光を当てる最終試験が実施されたとのこと。
Commented by shinmama at 2012-09-27 07:49 x
Hiro様

東京駅の地下も大きく変わり、大丸もリニューアルオープンして 東急ハンズが入り、東京駅で時間をつぶすことが苦にならなくなりそうです。(笑)

レトロな雰囲気ばかりが良いとは言いませんが、
ヨーロッパの古い駅舎や 歴史的建造物を見ると 何百年の歴史を伝えていく努力は必要だと思います。

そういう意味で東京駅がこの姿で復原できたことは うれしいことでした。

でも確かに ステーションホテルはお高いでしょうね。
せめて喫茶店で お茶だけでも飲んでみたいものです。
Commented by okadatoshi at 2012-09-27 22:19
克明なレポート興味深く熟読しました。
親しい友達が病床にあった時は、毎年見舞いに上京していましたが、
ここ数年遠ざかっています。
今の仕事が一段落したら、ゆっくりと江戸見学をしたいと思います。
そのときは、shinmamaさまのレポートが役立ちますね。

以前の東京駅の屋根の部分です。
同じ場所をスケッチし直そうと思います。
http://okada.sub.jp/cgi-bin/ita/wforum.cgi?mode=fullsize&no=393
Commented by shinmama at 2012-09-27 22:34 x
okadatoshi様

気が付いたときには すでに 東京駅の工事が始まっていたので、以前の屋根の姿を良く見ていなくて残念に思っていました。

このスケッチを 私のPCの中の「東京駅」という名づけたファイルに一緒に入れさせてください。

是非、新東京駅もスケッチをしてくださいね。
ずーーーーと待ってます。
Commented by うつきよう at 2012-09-28 02:00 x
 東京駅のライトアップは(たしか)3人の映像作家がそれぞれ数分ずつ担当して制作して、
 そのメイキングをTVで見ました。
 最終的にはレンガの線なんかと映像の線を画面で確認しながら指示を送ると、
 指示を受けたひとがPCで位置を微調整していくという、気の遠くなるような作業でした。

 若かりしころ、勤め先が丸の内1丁目だったので、
 東京駅に毎日降りてました。
 どの駅よりも思い出深い駅です。

 かつてのステーションホテルには泊まってみたかったです。
 推理小説の聖地ですものね。
 新しいホテルにはホームが見られる部屋はないんですよね。
 レストランの、ホームが見える席はすでに予約が殺到してるとか。
 グランドオープンはにぎやかでしょうね。
Commented by よし坊 at 2012-09-28 06:46 x
築地では日本とオーストラリアの架け橋に成れましたね。
そして完食する理由まで出来ましたね。(^^)//""""""パチパチ(^_-)-☆

福原愛は泣いてる方が解るかも、、、

東京駅は八重洲口ばかり行きますが今度時間があったら丸の内側にも行って見ましょうかね・・・・この所TVにも沢山出てきますから。
でも・・・あまりキョロキョロしていたらただのお上りさんだよな〜
Commented by shinmama at 2012-09-28 07:52 x
うつきよう様

 そのメーキング番組を見たかったです。
 実際 その調整は大変だったと思います。
 東京に住んでいたら、何を置いても飛んで行ったのですが、、、。

 広島駅の味気ないこと、とても推理小説など書けません。(笑)
 長野駅も面白い駅舎だったそうですが、存続させるのは難しかったようですね。
 丸の内界隈は コンセプトがしっかりしているので楽しみがどんどん増えてイメージが広がっていきます。
Commented by shinmama at 2012-09-28 07:57 x
よし坊様

場所が場所。
丸の内ですから、高層ビルを建てればそのテナント料で JRの運営は楽になっただろうに、よく決断できたなあと思いました。
三菱1号館、新丸ビルと合わせてレトロイメージの「点」が「線」になってきました。

八重洲もアンテナショップが多く楽しいですが、丸の内もチャンスがあればぜひに、、。
大丈夫です。
ほとんどの人が お上りさんですから、、、。(笑)


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