恩師からの便り


 大学4年の時に 卒業論文のご指導をいただいた 物理研究室の恩師 K教授から 葉書が届きました。

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 <学生時代>の K教授との思い出は

d0174983_09194759.jpgオリジナルの大きな真空脱気装置(ベルジャン)を製作し 来る日も来る日も 真空状態で金属薄膜をガラス板に蒸着させ、電気伝導の異方性について 実験し、データを出し、論文にまとめる際、ご指導をいただいたこと。

他大学の物性物理教室と 合同研究をする道を作ってくださり 実験や研究の幅を広げてくださったこと。

UCLAの教授が学会で広島に来られた時、両教授の通訳として ご一緒にマツダ工場や宮島などをご案内したこと。
 
<個人的>には ゴルフを何度かご一緒したことや ご自宅に伺って奥様の手料理をいただいたこと。



 <卒業後>は 大学に助手として残り、勉強を続けられるように 推薦し、採用してくださったこと。

 K教授の退官記念パーティーで 司会をさせていただいたこと。

 住居工学を学んでいる学生に 設計と建築の現場について講義をすることになった時 懇切丁寧にアドバイスをしてくださったこと。
 など 公私にわたり お世話になった恩師です。


 退官後も 地元のテレビ局が主催するカルチャー教室の 講師をされたり
 ゴルフのほかに、アコーディオンを習われたりして、人生を謳歌されていることは 年賀状で 存じておりましたが
 現在 82,3才になられた教授が 日本画教室に3年も通っていらっしゃったなんて、、、、、
 うーーむ、刺激を受けます。

 これから時々 素敵な葉書を送ってくださるのではないかと思うと 楽しみでなりません。
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 ちなみに 昨日 スーパーで 「先生?」と 声を掛けられました。
 最初、私のことだとは 思わなかったのですが、、、、私のことでした。

 学生の時に ずっと中学生の家庭教師のバイトをしていたのですが、
 声をかけてくれたのは その時に 生徒だった 瑠璃ちゃんです。

 ほぼほぼ 40年ぶりの再会。
 瑠璃ちゃんは 54歳のおばちゃんになっていましたが
 私も すっかり白髪の おばあちゃんに。

 「昔の面影なんか欠片もないのに よく あんただと わかったな」 と shinpapaが大笑い。
 悔しいけれど 返す言葉もありませんでした、、、はい。
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by saint-arrow-mam | 2018-06-07 06:00 |   自分史 | Trackback | Comments(6)
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Commented by okadatoshi at 2018-06-07 06:23
この絵は一枚ずつ手描きの作品でしょうか。
晩年、絵手紙を出せる人も受け取る人も
そういう関係があることが幸せです。

返事の往復で若いときの事も思い出しますし
新しい関係も築かれますね。

ネット上でも教え子とニアミスするようになり
良い時代にご褒美の時間を過ごせると思うこの頃です。
Commented by shinmama at 2018-06-07 09:02 x
okadatoshi様

アウトラインも絵具も プリントではないので
私がいただいたのは 上部の文字以外、宛名もすべて 手描きでした。

>若いときの事も思い出します
はい、絵手紙を通して 浮かんだ教授のイメージは 最後にお会いした時のお姿で、
不思議なことに 私も当時の私の姿で そこにいました。
まるで タイムスリップをしたような感じがしました。

>新しい関係も築かれ、、
はい、そうなれば うれしいと思いますので
私も お江戸での生活などを書いて お返事を出させていただこうと思っています。

大学時代の4年間は家庭教師、卒業後 結婚するまでは大学の助手、
子供が生まれるまでの6年間は 中学の非常勤講師や塾の講師をしましたので
広島にいると たまに、その時の生徒さんや学生さんから 話しかけられることがありましたが
東京で暮らすようになって5年、すっかりそのことを忘れていました。
Commented by TanMatsui at 2018-06-07 10:01
「教員生活は二度 美味しい} とは誰かの言葉ですが、最近こんなことがありました。

 広島に転勤する前に、山陰の高校勤務時代 (昭和34年) に担任をしていたクラスの現在の生存者は16名。
この学年が同窓会を開くので、参加して欲しいとの電話を貰いました。
 が、 会当日は私の出講日のため、参加できず、との返事をしたばかりです。
 残念ながら 文章だけの手紙でした。 

 この学年の同窓会は20年ほど前に、琵琶湖遊覧旅行をしたクラスです。 
琵琶湖遊覧旅行で騒いだときのイラストでも書けたらなあ  (=_=)
Commented by shinmama at 2018-06-07 10:50 x
Hiro様

「教える」という立場は ほんのちょっとで 「教えてもらった」という立場の方が長い私は 
生徒さんや学生さんの気持ちに近い気がするので、二度目の本当の美味しさを知りません。

ただ、Hiro様やokadatoshi様のブログから 「教える」立場にあった方が 
卒業後も どのようなお気持ちで見守ってくださっているのかを知ることができ、
とても うれしくなりました。

といっても 私の場合、中学や高校の同窓会に行くと 「数学」「理科」特に「物理」の先生は
私のことを覚えていてくださり 当時の思い出話をしてくださいますが、
「国語」「社会」の先生の記憶には 私は存在しないようです。(笑) 

恩師が元気でいてくれることは 自分の大切な学生時代が まだ形として残っているような気がして
とても うれしいと 思う年齢になりました。
Commented by よし坊 at 2018-06-08 11:53 x
ブログがなければ御近づきには到底成れない学歴のお方だと改めて思いました。有難う御座います。
真空状態で金属薄膜をと言うのは蒸着メッキと言われているのと同じ事なんでしょうか?
Commented by shinmama at 2018-06-08 17:24 x
よし坊様

まだ 理系の女子が少なく 特に 物理を専攻するなんて 
よほどの変人・奇人と思われていた時代でしたので、
祖母に 「お花」と「お茶」と「お琴」を習い、
4年間の在学中にすべて師範の免許を取るようにと約束させられました。
おそらく このままでは嫁の貰い手がない、、と案じていたのでしょう。(笑)

真空中で 圧延した金属を蒸気にして飛ばし、プレパラートに蒸着させるので
おっしゃるように メッキをした状態になります
ただ、故意にプレパラートに角度をつけたり、蒸着させた時の様々な条件をかえることで
金属粒子の重なり方に変化をつけ 一般的なメッキのように 均一に蒸着していないものを作ります。
それに 電流を通すと y方向とx方向に流れ方の差ができるのですが これは 太陽光発電の基礎の基礎です。
いまでこそ 太陽光発電は一般家庭でも メジャーですが、その頃は画期的だと信じていました。


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