2018年 11月 11日 ( 1 )

史跡巡りツアー『江戸を守った男たち』


 墨田区と台東区の連携事業の 史跡巡りツアーのパンフレットを 偶然見つけました。

 大河ドラマの 「西郷どん」に絡めて企画されたツアー であることは明白ですが
 専用バスに 専用ガイドが付き、私個人では行くことのできない老舗料亭での昼食付ですので
 これは ”めったにないチャンス”と 申し込みました。

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 はてさて、抽選を潜り抜け 運よく行くことに決まったものの 
 歴史に疎い私ゆえ、行程をみても そこが だれにゆかりの どういう場所かわかりません。
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 事前に勉強しておかないと 行っても意味がなさそうなので、調べてみると
 どうやら 「幕末の三」に 纏わるところを廻るようです。

 「幕末の三」とは 「勝海」「高橋泥」「山岡鉄」と 名前にの字が付く3人の事で、
 「勝海舟」は 西郷と江戸で会談し 開城を決めたこと、
 「山岡鉄舟」は西郷と駿府で会談し、勝と会う道筋を整えたことで知られ、
 2人は 時代劇ドラマにも よく出てきますが、
 それに比べて 「高橋泥舟」の知名度が 低いのが気になりました。
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 ネットや図書館で借りた本などで調べてみると、
 山岡家は 槍術の名人を輩出した家柄で 「泥舟」は その次男であったために 
 母方の高橋家に養子に行ったところ 長男が急死してしまったのです。
 そこで 山岡家を継ぐために 「泥舟」の妹と結婚して養子になったのが 「山岡鉄舟」、
 つまり「泥舟」と「鉄舟」は 義理の兄弟という関係です。

 「高橋泥舟」は 武芸に優れ、天才的な槍使いであることから「海内無双」と呼ばれ 
 朝廷から「従五位伊勢守」にまで任じられるまでになった人物ですが、
 馬鹿正直であったために、最後の最後まで 徳川慶喜のボディーガードとして 将軍を守り抜いた結果、
 明治の代になってから 勝海舟や山岡鉄舟のように 政治の中心に身を置くことなく
 静かに余生を過ごしたようです。

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 なるほど、、、と「幕末の三舟」について調べた にわか知識をプリントアウトして、
 出発です。
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 午前9時。 上野公園に集合します。

 参加者は 25名。
 それ以外にも、地元ケーブルテレビのスタッフが4名、
 墨田区職員2名、台東区職員2名、ボランティアガイドさん1名です。
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移動の間、イヤホンで二人の関係や時代背景などを 聞きながら歩くのですが 
50代後半と思われる女性のガイドさんは 息切れもせず、語り口が小気味よい!!

しかも 今回だけでなく歴史全般に詳しい方で、ツアー全体を うまく統率する知恵もあり、
下手な旅行会社のガイドさんより、かなりレベルが高い方でした。

ただ、境内に入るや否や、本堂ではなく目的のお墓に直行することは、私の興味と違いました。(笑)
ゆえに、へそ曲がりの私は 「他人のお墓」ばかり写す気にならず、建物中心に撮影してしまいました。



 << 大雄寺 >>  「高橋泥舟」のお墓があるお寺です。
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 << 全生庵 >>  「山岡鉄舟」のお墓があるお寺です。
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 ♪♪  むしろ 感激したのは この「築地塀(ついじべい)」に出会ったこと。
      谷中に あるとは 思っても見ませんでした。            ♪♪
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 鳩山一郎、渋沢栄一、森繁久彌、横山大観 など多くの有名人が眠る
 一般の 谷中霊園を抜けて、、、
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 << 寛永寺 >> 徳川家の菩提寺
  勝海舟も(安倍総理も) ここで座禅を組んでいたとのこと。
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 << 一ツ橋家の墓地 と 徳川慶喜の墓地 >>
 この2家だけは 特別に堅固な塀で囲まれており、家族でさえ、許可なしには入れない
 専用の入口があります。

 私が驚いたのは 両家のお墓の形のちがい。
 徳川慶喜が 明治維新後、復権したのちに 『神道』に改宗していたことを知りませんでした。
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 上野公園に戻り、戊辰戦争の一つである上野戦争について 学習します。

 << 上野清水寺 >> 清水(きよみず)の舞台が 上野にも ありました。
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 このお寺の本堂の壁に 上野戦争の様子を描いた絵が 掛けられています。
 上野一面が焼き野原になる前の公園は、昔の寛永寺(今の国立博物館)の参道だったそうで、
 何故 上野公園内に複数の神社や 大仏さんがあるのか不思議に思っていたのですが、
 その理由がわかりました。
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 << 彰義隊の墓 >>
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 そして << 西郷隆盛の像 >>
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 お昼御飯は 上野公園の中にある 鰻割烹の老舗である「伊豆栄」の「梅川亭」で。
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 入口でメニューを拝見すると どのお料理もお値段が高いのですが、
 お役所は 大盤振る舞いで 5,400円の うなぎ御膳を出してくださいました。
 ほぼほぼツアー代金と同額ですから それ以外のバス代などは 区の持ち出しでしょうね。
  感謝、感謝、、<(_ _)>

d0174983_09434449.jpgさすがに 上野の割烹料亭だけあって、仲居さんは 上品で立ち居振る舞いも一流。
 (老婆は 長年の経験から 「ふん、たかがツアー客」と思っている 
  冷たいまなざしを 見逃しませんでしたけど、、、)

でも 料理は、相手がどれもこれも 素材の質が良く、それに手間をかけて 作っているのですから
美味しくないはずがありません。

天麩羅が温かく、刺身は冷たく、、、たかが ツアー客のランチなのに さすがです。

自分だけ食べては 申し訳ないので Shinpapaと もう一度来たいと思いました。
しかし ランチに 1人5,400円は 出せないよなあ。(と つぶやく悪妻)


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 昼からは 隅田区に大型バスで移動して 勝海舟の足跡をたどります。


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ボッチの参加者は 1人2席もらえたので良かったのですが、
グループで参加しているお年寄りたちのおしゃべりが
あまりに五月蝿くて、ガイドさんの話がよく聞こえません。

外国人のように 彼らに向かって「うるさい、静かにして」
と注意出来たらよいのですが、
日本人は 言えませんよねぇ、勝先生!!



 << 勝海舟像 >>  『そうだ、あいつらのマナーは 良くない』
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 << 牛御前社 >> 勝海舟が 剣の修行をしたところです。
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 << 能勢妙見山別院 >> 勝海舟、父親の勝小吉が熱烈に信仰していた別院です。
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 生誕の地であり、幼い彼が人格を形成した両国界隈ですから、
 勝海舟にちなんで、もっと驚くような事実は 残されてないものか、と思いながら、
 へそ曲がりな私は 境内の花を写して時間つぶし。
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 最後に << 勝海舟 生誕の地 >>
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 ここから 両国にバスで移動し、午後3時すぎに 解散となりました。
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 本日のコースです。
 ふむ、全行程を歩くこともできるのでしょうが、ウォーキングツアーではないので、
 幅広い年代の人が参加されることを考慮して 午後はバスにしたのでしょう。

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 本日の歩数 16,000歩

by saint-arrow-mam | 2018-11-11 10:03 |   祭り・イベント | Comments(2)