2018年 11月 16日 ( 1 )

『牛久シャトー』


 「牛久」と言えば、話題の横綱・稀勢の里の出身地ですが、
 「牛久シャトー」とは 「バー神谷」で有名な、実業家である神谷傳兵衛が、
 1903(明治36)年に フランスに現存した醸造場をモデルに、ボルドー地方の技術を用いて、
 葡萄の栽培からワインの醸造まで行なっていた 日本初の本格的ワイン醸造工場跡地です。
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 設計を、唐津(佐賀県出身)の建築家・岡田時太郎(1859~1926)に依頼し
 フランス風のルネサンススタイルの洋館を、明治36(1903)年に竣工させました。

 ちなみに岡田時太郎は かなりユニークな経歴を持った建築家で、
 10代に半ばに大阪の英学校と造幣寮の付属学校で学んだのち、造幣局の文書貯蔵掛として勤務。
 そして20歳の時には、工部省鉄道局に転職したのち 明治18(1885)年に上京して帝国大学の雇員となり、
 そこで同郷の幼馴染みの辰野金吾(1854~1919)と再会し、建築家の道を志すことになったのです。

 牛久シャトー以外に 彼が設計した建築物には 旧第三国立銀行松江支店 (現かげやま呉服店)や 旧三笠ホテルがあり
 その後 彼が中国の大連に活動の拠点を置いたため、旧大連税関(下の画像)など多くの作品が残されているようです。
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 オリジナルの建物を見たかったのですが、東日本大震災時に大きく損傷してしまったために
 その後 長らく修繕工事が行われ、2016年に やっと工事が終わりました。

 せっかく修復工事が終わったというのに 経営上の理由から、建物の一部が
 来年閉館されることが決まったそうです。

 「牛久シャトー」は 2007年に経済産業省より「近代化産業遺産」に認定、
 2008年には 「旧事務室」、「旧醗酵室」、「旧貯蔵庫」が
 明治中期の煉瓦造建築として また初期の本格的ワイン醸造施設として、
 文部科学大臣から国の重要文化財に指定されています。


 < 旧 事務室 (現 本館) >

 牛久シャトーの入口になっている部分ですが、ちょっと新しすぎて 眩しい感じがします。
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 < 旧 発酵室 (現 レストラン)>

 レストランは営業していなかったので 中に入ることはできませんでしたが
 外観にそれほど特徴は見られず、3つの中では一番 殺風景な建物でした。
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 < 旧 貯蔵庫 (現 記念館 )>

 大きな地下室もあるにもかかわらず 修復された箇所が少ないところをみると 
 貯蔵することを目的に建てられていたために、そもそも堅固な設計であったのだと思います。
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 破風の下の煉瓦のアクセント貼りに、設計者の遊び心が 感じ取れます。
 凸凹によってできる影で演出するなんて、岡田氏は細やかな感性の持ち主だったのでしょう。
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 資料館の内部を見ると (展示資料はそっちのけで 壁ばかり見て歩いてしまいました)
 内壁を取り払った状態のニッチがありました。(左の画像)
 
 そこには 外壁施工の裏面が見えていましたが 
 外壁の凸部分は 空洞で 外壁煉瓦の1枚張りであることがわかります。(右の画像)   
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 東日本大震災の後に 取付けされたであろう「鉄骨の小屋梁」に 
 仕方がない、、とは思いつつも 少々興ざめしましたが、(左の画像)
 古い「筋かい」を 壁に固定する部分に意匠が施してあることには 感服しました。(右の画像)
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 傳兵衛は 自家にあった美術骨董品668点すべてを 
 東京帝室博物館(現:東京国立博物館)へ献納したそうですが、
 今の時代、これほど社会に大きな貢献する実業家て、、、いないですね。

by saint-arrow-mam | 2018-11-16 06:00 |    1901~1920年 | Trackback | Comments(4)