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知求アカデミー オープンカレッジ

 旅行会社が 無料で開講する 「知求アカデミー オープンカレッジ」。

 興味をひかれた講座があったのですが、それより何より その講座の開催される建物がいい!!
 この機会に 是非とも見学したいと思いましたので、でかけます。

 、、、あっ ついでに 講座も予約しました。(笑)
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 会場の「明日館(みょうにちかん)」は 
 1920年当時、帝国ホテルを設計した 巨匠フランク・ロイド・ライトの設計により 建設された建物です。

 国内のライトの建築物の多くは 空襲や関東大震災で崩れてしまったのですが
 「明日館」は 現存する数少ない建築物で国の重要文化財の指定を受け、
 平成13年に保存、補修工事が完了しています。
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 建物は 木造で漆喰塗、中央棟を中心にシンメトリーに配して
 ライトの第一期黄金時代の作風に見られる 高さを抑えた佇まい。

 建築学的には 2×4工法の先駆けと言われる建物で 
 日本建築には見ることができない ライトの作風を示す典型的な建築です。
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 ホールは この建物のデザインを特徴づける幾何学模様の窓を配しています。

 昭和の初期に修理を行った際、窓は上下二分割されていたそうですが、
 平成の補修工事で 施工当時の形に復元したそうです。
 当時としては画期的なデザインなので 施工する職人さんは さぞかし驚いただろうと思います。

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 食堂は 外光を巧みに取り入れて明るく、また幾何学的な装飾を用いて 変化に富んだ空間になっています。
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 照明器具もライト自身がデザインしたそうですが、
 ユニークな天井の形状や 幾何学模様にの窓に 良くマッチしています。
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 ライトの作品は 大谷石(おおやいし)が多用されているのが 特徴ですが、
 廊下や暖炉の使われている大谷石が インテリアのアクセントになっています。
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 所有者は 「婦人の友」の前身である「家庭の友」を創刊した 羽仁吉一・もと子夫妻で
 明日館は 「生活即教育」という理念を持って 彼らが設立した 女学校の校舎です。
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 そして 主目的の講座ですが、
 それぞれの教室に分かれて 午前と午後、あわせて、28もの講座があり、好きな講座を選んで 参加することができます。

 旅行会社が主催するだけあって、北欧やヨーロッパ、中国などの観光地の説明が主ですが、
 私が選んだのは 芝浦大学の非常勤講師 岩谷洋子先生の
 「サンピエトロ大聖堂の建築家たち==ローマのルネサンスとバロック」という いかにも人気のなさそうな講座です。(笑)

 教会堂の構築に着手したブラマンテに始まり、ラファエロ〜ペルッツィ〜サンガッロ〜ミケランジェロ
 〜リゴーリオ〜ヴィニョーラ〜ポルタ〜フォンターナ〜マデルノ〜ベルニーニ〜ボッロミーニまで
 イタリアの名だたる建築家が順に 工事を継続し、
 その時々の教皇の要望を取りいれて変更し、サンピエトロ大聖堂を仕上げていくまでの変遷を
 写真や図面を見せながら わかりやすく説明してくださいました。
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 また 2度目のローマに行ったとき、フリータイムで これらの建築家が設計した教会を いくつか見て歩いていたので
 先生の説明を聞きながら、それらを頭の中で 時系列に並べることができました。

 特に リゴーリオの「まつぼっくり」の中庭や
   ローマ観光1日目  ブログ → https://runslowly.exblog.jp/22163264/
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 ミケランジェロの「カンピドーリオ広場」や ヴィニョーラとポルタで 完成させた「イル・ジェズ聖堂」など
   ローマ観光2日目  ブログ → https://runslowly.exblog.jp/22164572/
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 詳しく知らなかった細かな建築面での変遷などを 教えてもらったのは 私には大きな収穫で、
 帰宅後 改めて自分の写した教会の画像を見て 細部を確認しました。

 また 幸いなことにローマは自分の足で歩いたので 街の大まかな地図が頭に入っており、
 宗教的建築物の位置関係の解説が 理解しやすかったように思います。

 思っていたより かなりマニアックな講座でしたので、
 久しぶりにメモ帳に必死で書きとめ、特徴的な平面図は スライドを見ながらアウトラインを書いていると
 あっという間に 時間が経ってしまいました。

 周囲の 奥様方は???
 皆さん よく眠っていらっしゃいました。(笑)

by saint-arrow-mam | 2018-03-27 06:00 |   講演会 | Trackback | Comments(2)

大学講座『宮廷建築家片山東熊〜日本の建築を追求した人生〜


 5月13日 に続く S大学の特別講座 第2弾は 「片山東熊」です。 
 
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d0174983_22100166.jpg マンションから 歩いて3分、匍匐(ほふく)前進で30分の距離にある 
 S大学の豊洲キャンパスに 今年の春、建築学部が新設され 
 前期後期それぞれで 建築にかかわる講演会を
 開催してもらえるようになり 私にはとてもラッキー。

 遠方でも 聞きに行きたいと思う講座内容ですが、
 もちろん 近いに こしたことはないので
 ありがたい、ありがたい、、、といいながら出かけます。


 今日の講師の先生は 女性の教授です。
 経歴を見ると おそらく現場に出たことなどない 研究一筋の学者さんだと思います。

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 受講者は 前回に比べると やや少な目の80人程度でしたが、
 赤坂迎賓館でボランティアガイドをしているという おじちゃんたちが グループが来ていました。
 ふーーーむ、勉強熱心ですね。
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 「片山東熊」は 彼が設計した2009年に赤坂迎賓館(旧東宮御所)が国宝に指定された時、
 にわかに脚光を浴びた設計士で、工部大学校造家学科(現 東京大学建築学部)で 
 ジョサイア・コンドルに教育を受けた 第1期生の4人の中のひとりです。 
 ただ、その中では 東京駅を設計した辰野 金吾氏があまりにも有名で 彼は2番手、3番手というところでしょう。
 
 彼は 赤坂迎賓館の他にも「京都国立博物館」や「奈良国立博物館」など 数多くの設計作品を残していますが
 各国の宮殿を見て歩いたのち、皇居造営や宮殿の室内装飾の第一人者として活躍し その美的能力を発揮。
 建築界では 「宮廷建築家」として 知られています。

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 まず........

 伊藤教授の専門は 建築史で 特に江戸時代の建築についての研究をされているのです。
 それがなぜ、明治の設計士である「片山東熊」について調べ、研究し、学会の論文を書き続けているかというと
 たまたま S大学の建築学部の伊藤先生の研究室に 片山東熊氏の玄孫(ひ孫の子)が入室し
 その学生の家族のもとに残されている ハガキや資料を手に入れたことにあるようです。

 よって研究資料のほとんどが 家族が保管していた手紙、ハガキ、残された写真、辞令など 個人的なものばかりです。

 ただ、信書を見れば人物相関図が描けるので、彼が影響を受けた人や彼と協力関係にあった人達が判明し、
 また 玄孫の協力を得て 彼の戸籍を辿ったことで 
 田邊朔郎氏(琵琶湖疏水や日本初の水力発電所の建設などを行った 日本の近代土木工学のパイオニア)が 
 片山氏の義弟であることがわかったそうです。

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 講演を聞いた上で、彼の功績を 私なりにまとめると
 ① 様々な制約がある中で 木造の日本建築を 西洋建築に移行した。
    具体的には
     日本建築は引戸が多く壁が少ないが、装飾品を飾るための壁量を増やす。
     土足の文化に対応し、家具の配置や出入り口の段差などの配慮。
     部屋の面積に対して 天井高が低いので 可能な限り高くする。
     鏡のついたマントルピースは 応接室に必須。(重さに 床の強度に苦労したらしい)
 ② 日本には地震があるので、西洋建築をそのまま日本に取り込むことは出来ないということを周知させた。
    濃尾大地震後、耐震予防調査会の主力メンバーとして 構造物の模型を作ったうえで、
    「人造地震台」なるものを発明し、それを用いて耐震実験を繰り返し 
    日本における西洋建築の耐震構造について 一定の方向性を見つける。

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 ③ 日本大博覧会など大掛かりなプロジェクトに関しては 設計競技を行い、後進への啓発を行った。
    海外で購入してきた本は、すべてオープンにして後輩たちに自由に閲覧させ、
    中でも 国会議事堂を設計した吉武東里氏には 宮廷建築の基礎から指導し、
    日本大博覧会(明治天皇の死去により中止)の建築競技で 世界の名だたる建築家を抑えて 優勝に導く。
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 もう少し、彼の設計した建築物 そのものについて知りたいと思いましたが、建築史が専門の先生ですから、仕方ありません。
 でも いつもとは少し異なる目線で 明治の建築を教えてもらった気がします。

 赤坂迎賓館は 現在、予約制で一般公開されていますが、
 ヨーロッパの宮殿に比べ 全てが貧祖であることがわかっているので、わざわざ見に行くつもりはありませんでした。
 でも 講座を受けた今は、装飾より何より ”天井の高さ”と”壁紙の文様” をこの目で確認したい と思っています。
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 青い空に向かって キャンパスの木々が 燃え立つような師走。

 ぼやーっとした状態ながら、久しぶりに集中しましたので 
 講座の1時間半が あっという間に過ぎました。
by saint-arrow-mam | 2017-12-03 06:00 |   講演会 | Trackback | Comments(4)

大学講座『建築設計の世界〜丹下健三の作品とその人物像に迫る〜』


 歩いて3分の距離に S大学の豊洲校があります。

 S大学は工学系の大学ですが、本年4月 建築学部が開設されるのに伴い、定期的に特別講座を開講するようで
 その第1弾として 日本を代表する建築家 丹下健三にスポットライトが当たりました。

 4月の初めに HPでこの講座の開設を知り、即、申し込んでいました。

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 講師は S大学の建築学部長に就任された堀越教授です。

 彼は 丹下健三の事務所で8年間一緒に仕事をし、
 その間に 東京新都庁の設計に携わったそうです。
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 S大学の学食に行ったことはありますが 教室に入るのは初めてです。(笑)
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 会場は 教室棟の3階。
 100名以上が入ることができそうな 広さがあります。

 息子の大学の古くて暗い教室に比べると 何もかもが新しくて 白いインテリアで統一され、清潔感があります。
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 丹下健三は 広島高等学校(現広島大学)理科甲類に在学中に 
 ル・コルビュジェの「ソビエト・パレス」という作品に出会い、
 建築家を目指したいと考え、2年浪人して 東京帝国大学工学部建築科に入学したそうです。

 丹下健三が 広島平和公園のコンペで一等入選をしたのは
 広島に縁があったから、、、ということもあったのでしょうが、

 コンペの応募したデザインは 実際とは少し異なるデザインだったようで
 特徴的な 大きなアーチがあり、、、

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 コルビュジェの作品である 「ソビエト・パレス」に 似てる、、、
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 しかも 「平和祈念資料館」のデザインも
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 ル・コルビュジェがデザインし、世界遺産に指定された「西洋美術館」に似て
 1階部分は 柱で建物が支えられている構造です。


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 これは 丹下健三氏が ル・コルビュジェを尊敬しているからで
 決して パクったとは言わない、、、のでしょうね。(笑)

 そのほかにも 丹下健三は世界中に多くの建築物を残し
 特に 東京都庁や 東京カテドラル聖マリア大聖堂などは 
 70歳を越えた彼が設計した 代表的品です。

 そして 講師の堀越先生が 建築家をめざすことを決めたという 丹下健三の作品の前に 今、私はいます。

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by saint-arrow-mam | 2017-05-13 08:41 |   講演会 | Trackback | Comments(4)

五木寛之講演会

 午前中に 筋トレで エネルギーを使い果たしてしまったようですが、 
 五木寛之講演会の会場に 走って行きました。

 五木寛之氏は 昭和7年 福岡生まれの80歳ですが、張りのある声で驚くようです。
 お父さんが漢詩の教員であったので、漢詩の知識が深くて 話の中に次々に出てくるのですが、私には ちんぷん カンプン(カンブン?)でした。
 また 近年 五木氏は龍谷大学に入学して 仏教を学んだということで 講演会は「勉強会」のようでもありました。

 久しぶりの講演会のブログなのですが、内容が 私にはちょっと難しすぎたようです。
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 演題は 「心に響く言葉」です。
 なんといっても さすがに作家だけに 原稿を一切見ずに 立て板に水の語りは 
 どれも きちんと文章として成り立っており お見事でした。

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 広辞苑によると 「あんしゅう」とは 心が暗くなるような悲しい物思い、とあるがそうではない。
 この言葉は明治時代に多くの人が あたかも流行語のように用いた言葉で、
 森鴎外の紀行文や伊藤博文の俳句、大正天皇の作られた漢詩、永井荷風の作品の中にも出てくる。
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具体的に どのような文章中に どのように使われているのか 
すべて覚えて スラスラと話す五木氏にビックリ、、 
 

 生きていれば楽しいことばかりではなく、訳もなく落ち込んでしまうことがある。
 明るく 元気に 前向きに と思うけれども それを 実行するのは ことのほか難しい。
 なんとも言えない その落ち込んだ気持ち やりどころのない気持ちを 「あんしゅう」という。
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高尚な精神論でしたので 非常に難解で ひょっとしたら違うかもしれません。 

 これと同じような言葉を 「トスカ」と ロシアでは呼んでいる。
 
 人間が心の奥に抱えている どうしようもない気持ちを差した言葉であり、
 「トスカ」のことを 日本語で 「ふさぎの虫」と訳している。

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「ふさぎの虫」?  「おしりかじり虫」なら知ってるけどなあ。

 朝鮮では 同じような気持ちを 「恨(はん)」と呼んでいる。
 これは 遺伝子のように脈々と受け継がれていくもので 民族として誰もが持っている 精神的な憂いだと考えられている。
 
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「はん?」「はーーーん。なるほど」とは言いませんでしたよ。

 同様なことを 中国では 「悒(ゆう)」と言葉で表現されている。
 人は喜んでいるだけでは いけない。
 刷毛で掃いたような かすかな憂いを持ち、寂しさを感じてこそ 真の君子となれると言われている。

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申し訳ありません。 
メモメモを頼りに書いていますが、抽象的な内容ばかりです。


 

 日本は戦後、「明るく」「元気に」「プラス思考で」「前向きに」「エネルギッシュに」と言われ続けてきたが、
 それだけでは 大事なものを忘れている気がする。

 人間には えも言われぬ 「暗愁」という気持ちが ずっと心の奥にあって、
 その「マイナスの気持ち」も大切に、 常に両立させていかなければならない。
 と メモ帳の最後に 書いておりましたが、、、。

 うむ、「暗愁」という言葉だけでも覚えておこう、、、と。 


 隣の席に座っていた(眠っていた?) 年配の女性が 最後に目を覚まし、
「あなたメモをとってたんでしょ。 偉いわね」 と褒めてくれました。
 何が偉いのか わかりませんが、五木寛之氏は たしかに偉い。
 
 しかし今日は 心身共に疲れました。

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by saint-arrow-mam | 2012-05-12 07:41 |   講演会 | Trackback | Comments(6)

森下 洋子氏講演会

 2月6日にアップした 森下洋子氏の講演会に行きました。(録音・撮影は不可)
        http://runslowly.exblog.jp/15387661/

 広島市名誉市民としての 森下 洋子氏の講演会でしたので、広島市長が主催者挨拶をされました。
 600名を収容できる会場は、ほぼ満員で、一目でバレーを習っているとわかる 女の子もたくさん来ていました。
 最近、広島市の名誉市民になられた方々です。

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 講演会のタイトルは「文化を通じて広島ができること」でしたが、講演の内容は、予想通りご自身のおいたちと 歩んでこられたこれまでの軌跡が中心でした。

< 家族があって、今の自分がいる >

被爆者である祖母は、大やけどのケロイドが半身にあり 手の指は親指だけが辛うじて動く状態だった。
祖母は「親指しか動かせない」と思うか「親指は動かせる」と思うかで 生き方が違う と いつも話していた。

現役のプリマバレリーナを長年続けていると、できないことも出てくるが、決して「これだけしかできない」とは思わず、「これだけはできる」と思うようにしている。

小学5年生で 単身 上京し、バレーをすることになった時、両親は「好きなバレーができるように お金は送る。 でもバレーのことはわからないので 一切 口は出さない。 自分で考えて決めなさい」と言った。
子供心に、「自分は 何ごとをするにしても 自分の責任で決めなくてはいけない」と 覚悟を決めた。

松山バレー団(森下氏が理事長)に通う生徒の親の多くは 子供にべったりと くっつきすぎている。
子供より親の方が離れられない傾向が強く、子供が自分の考えを持てないでいるようだ。
もっと 子供を信じて 突き放すことが必要なのではないかと 思っている。

< 目指したのは 能のようなバレー >

バレーは海外の芸術文化なので、日本で勉強するより海外で勉強する方がよいと思われている。
実際に留学のチャンスは何度もあったが、日本人にしか表現できない細やかさは 日本で学ぶべきだと思ってきた。

細やかな表現をするので、海外メディアが 〝「能」のようなバレリーナ″ と表してくれることを 大変 うれしく思っている。

海外のプリマバレリーナに比べて 体が小さく、バレーを取り巻く社会的な環境も決して良いとは言えなかったが 日本人の良さを持ったバレリーナとして世界に認められ、今は日本で続けてきて正解だったと 思っている。

< 被災地へ >

海外でも、日本の各地でも バレーの公演に行くと 必ず広島の人に出会う。(笑)
彼らは みんなバイタリティーにあふれ、温かく迎えてくれる。
そのエネルギーをもらって 元気で頑張ることができる 自分がいる。

3・11以降、何ができるか ずっと考えてきたが、舞台から「愛」や「元気」を届けることしかできない と分かった。
60歳を過ぎた 今の自分のすべてを さらけ出し、見た人に「自分も元気でいたい」と ほんの少しでも思ってもらえるように これからも 現役を続行するために 練習を続けていきたい。

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 世界から認められた人というのは、自信にあふれ、かといって傲慢ではなく 説得力があり、人を引き付ける魅力にあふれ、尊敬に値するものだと 痛感いたしました。






 
by saint-arrow-mam | 2012-02-27 08:32 |   講演会 | Trackback | Comments(8)

講演会 一色正春氏

 1年に1回企画される 広島護国神社の奉賛会主催の講演会に行きました。  無料で一般公開されていたので Rホテルの講演会場は いっぱいです。
 今年の講師は 一色正春氏でした。  彼は昨年「sengoku38」という名前で Youtubeにビデオを投稿し一躍有名になった 元 海上保安官です。
 演題は 「尖閣諸島防衛 と 日本人の覚悟」。   演題を見て 「これは あかん。 私のキャパを完全に越えてる」と思ったのですが、年配の男性諸氏に混ざって 神妙な面持ちで聞いておりました。

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 昨年9月7日 尖閣諸島の領海内で中国漁船と 海上保安庁の巡視船が衝突したことから、思わぬ方向に 国際問題が広がった。

 <<< 一般的に領土から12海里を「領海」といい、この海域で日本の国籍を有しない人間は漁をすることはできないのはもちろんのこと 外国船舶は日本の法律の順守が必要になる。  その12海里外を「接続海域」といい、この水域では密航や伝染病などの調査をし防止する権利が日本にある。  さらに200海里外を「排他的経済水域」といい 日本はこの海域まで天然資源や漁業をする権利が与えられている。 >>> 

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 今回、衝突した中国漁船が操業していたのは 「領海」。  日本の権利が最も及ぶ水域である。  ところがこの水域では 長年にわたって日常的に中国漁船が漁をしており、それを日本は黙認し続けた。 この水域で日本漁船が はえ縄漁をしようとすると 中国漁船に 高価な「はえ縄」を切られてしまうので、皆、敬遠しているのである。

 <<< はえ縄漁は 幹縄(みきなわ)に 釣り針をつけた多くの枝縄を結びエサをつけて漁をする方法。 幹縄は通常10kmもあるため 非常に高価な漁具である。 >>>
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9月7日、日本の海上保安庁の巡視艇と中国漁船が衝突した時、この領海内で 30隻もの中国漁船が操業し、すぐ横の接続水域では150隻の漁船が操業し、それをわずか4隻の巡視艇で取り締まっている状態だった。
 他国であれば重大な国際問題になる領海侵犯および無断で漁をすることに対して 日本はなにもしないと甘く見られ、中国漁船は わざと巡視艇に船をぶつけるという 実力行使に出た。 
 穏便に済まそうとしていた巡視艇(海上保安庁)も さすがに見過すわけにもいかず、「領海侵犯」ではなく「公務執行妨害」で乗組員全員を逮捕した。  どのような措置をするかということを 現場がいかに悩んだかということは 逮捕までに相当長い時間がかかっていることでも明白である。
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 そして なにも解決しないまま 13日に船と乗組員を早々と中国に返し、24日には船長も釈放してしまった。  すると あろうことか中国は 「不当に逮捕された」「船を修理しろ」「保障しろ」と信じられないことを言い始め、 レイアースの輸出制限など経済的な圧力もかけてきた。  
 ところが 中国との関係に配慮したのか 何も日本は反論しなかった。  そうなれば 当然の事、世界は 沈黙を続ける日本より、騒ぎ立てる中国を信じ、アメリカまでもが日本に非があると結論づけた。  理解できないのは 日本には証拠のビデオがあるのに、それを出そうとしなかったことだ。  このままではいけない、はっきりとするべきだと思い、たまたま手元にビデオがあったので 信念を持って投稿した。
画面内に 中国漁船がたくさん写っていることがビデオでわかるはずだ。

  

 マスコミは このビデオを用いて 日本に正当性があることを何度も伝えたが、問題とすべきことはそれだけではない。  日本が日本の領海を侵犯されても ただ手をこまねいているしかない現状を国民は知るべきだし、実際、中国以外にロシアや韓国からどんどんプッシュされている。 
 自衛隊は法律上、「領空」は防衛庁の判断だけで行動できるが 「領海」と「領土」は 政府の決議がないと出動すらできないことになっている。 この矛盾した法律を変える気配すらないことが問題で、それを報道してもらえるのではないかと期待したが どのマスコミもそれをしなかった。

 また、他国の軍隊は、00と **と ##はしてはいけない(それ以外は よい)  という法律であるのに対して
 日本の自衛隊は、00と **と ##はしてもよい(それ以外は いけない)  という法律なので、個々のさまざまな事象に対して即時 現場で判断ができず、常に政府の判断を待つという法律になっていることを 周囲の国々は良く知っていて、甘く見られている。
  
 中国が経済的に力をつけてきた今こそ、国防について真剣に考えなければ、もっと悲惨なことが日本に起こる可能性がある。  もちろん「軍」を作ることを推奨しているわけではないが、世界的に見て、日本はあまりに無防備で、他国に対して抑止力すら持っていない現状を知って欲しい。

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 <<  追記  >>

 今朝の新聞記事です。 長崎まで、、、。 悔しいです。

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by saint-arrow-mam | 2011-11-26 09:54 |   講演会 | Trackback | Comments(6)

安藤忠雄講演会

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「安藤忠雄講演会」が 広島県の住宅4団体、住宅金融支援機構、中国新聞が主催し、広島県と広島市が後援する形で 広島国際会議場のフェニックスホール(広島最大のホール)で行われました。

ハガキによる申し込みが必要でしたが 1500人の定員に対して、応募が4000人を超えたそうです。

関西人らしくユーモアのある講演で、あっという間の1時間半でした。

安藤氏は現在「東日本大震災復興構想会議」の議長代理をされています。




 < 東日本大震災から復興できるか >

 日本は今まで、何度も奇跡を起こしてきた。
 明治元年 近代化へ大きく踏み出した時も 1945年の敗戦の焼け野原の状態でも外国人からは「この国は必ず復活する」と言われてきた。
 それは、子供の目が輝き、地域社会がしっかりとしていたからだ。
 
 1980年以前の日本は、生活が貧しいけれど心が豊かだった。それが今は、生活が豊かになったが、心が貧しくなってしまった。
 1980年以降に生まれた人間はだめだというのが、持論だ。

 しかし、東日本の被災地には「地域社会」が存在することが 救いだと感じる。


 < 桃・柿育英会 > 

 被災された人々の痛みを 長く忘れないという思いも込めて、少なくとも10年間は 子供たちの成長を見守りながら、良好な教育環境の中で学んでいく意欲を支え続けるために「桃・柿育英会」を立ち上げた。

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年間1口1万円を10年間にわたり継続寄付していただき、(指定口座から自動引き落とし)ともに、孤児や遺児を支えてほしい。
 
16年前、阪神・淡路大震災の時にも「桃・柿育英会」を立ち上げたが、10年にわたりご協力いただいた結果、総額4億9千万円を超える育英資金を兵庫県教育委員会を通して、遺児たちに分配できた。

 発起人には小澤征爾氏 小柴昌俊氏 野依良治氏などが名前を連ねている。


 < 建築の現場から > 

 室温を一定して快適に暮らそうとしすぎている。
 寒ければ1枚多く服を着ればいいし、暑ければ1枚脱げばよい。
 
 今からは節電という名のもとに、その生活に戻ればよいだけだ。7.5%の省エネを行い7.5%を地熱や風力発電に帰ることで原発は廃止できる計算になる。

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 お金を出さない人ほど、家に対する細々とした希望が多く、自分で何とか工夫して暮らそうという気が足りない。
 
 土地の形状も悪く 建設に不向きだとさじを投げだしたくなる場所に建ててこそ
 建築家として満足感を感じるが、人々は実際に建てたものを見せないと協力をしてくれない。

 代表的な例が 六甲の傾斜60度の土地に建てたもので、1期2期3期に分けて工事した。(左)




 < 緑の少ない大阪で学んだこと >

 最初に屋上緑化の話を役所に持って行った時、全く相手にしてもらえなかったが、その大阪が今、屋上緑化を推進している。
 大阪は緑豊かな街に少しずつ姿を変えるように努力しなければいけない。
 
 府や市に予算がないので、市民から1万円ずつ集めて、川岸に桜並木を作ったが、様々な認可や許可が 大阪市、大阪府、国それぞれに対して必要だった。
 こんなことをやっていては、復興も遅くなるので、何とかしなければいけない。

 行政の縦割りの弊害、国と地域の連携のなさ、府と市の仲の悪さなど、問題は山積みだ。

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 第1回目の記念植樹式典の時、市からも府からもだれも参加しないと言ったので、小泉首相に頼んだらすぐに飛んできてくれた。すると市からも府からも役人が大勢参加した。

 実際に桜並木はできたが、大阪の人は散歩をしない。散歩をするとお腹がすくから損だという。(笑) 
 
 それぞれの木に、寄付をしてくれた人のネームプレートがつけられているが、寄付を集めるには そのための工夫も必要だ。



 < 時間をかけて、手間をかけて >

 明石海峡大橋を渡ったところに「淡路島夢舞台」を設計したが、建物を建築する7年前から植林を先行させた。 六甲山も禿山から植林することで今の美しい山になった。

 このプロジェクトに携わった1500人は、今でも年に一回この敷地内にあるホテルに集合して、自分の仕事を確認し、手直ししている。

 大阪市立の小学校を設計した時も、周囲に緑がなく、予算もなかった。
 入学時にドングリの実を学校の周囲に植えることで、徐々に緑が増えてきた。水やりをするのも在校生がおこなっている。

 自分植えた木が母校で大きくなっていくということは素晴らしいことだと思うし、手をかけ育てる楽しさを子供たちに理解させることは大切だと思っている。

 今は、東日本大震災の被災地一面に菜の花のタネをまくことから始めようと考えている。 

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     ======= 後記 =========

 講演会を聞きながら、一生懸命メモを取ったつもりですが、面白い話が次々出てくるので、どうまとめてよいのか悩みました。

 聞き流すだけではなく記録に残すことで、自分の中で訪れてみたい場所やその目的が明確になったことはラッキーでした。

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by saint-arrow-mam | 2011-07-04 07:57 |   講演会 | Trackback | Comments(4)

憧れの 小柴昌俊先生の講演会

 公益財団法人 中国電力技術研究財団の創立20周年記念講演会に
 2002年 ノーベル物理学賞を受賞した 小柴昌俊先生がいらっしゃるというので
 1ヵ月前にハガキで申し込みをして、運よく入場券(無料)をゲットしました。

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13:30から予定の14:30を過ぎて
15:00近くまで、
お人柄そのままに
面白く、わかりやすい講演でした。

300人の聴衆の中には
高校生の姿も見られましたが、
大半は年配の方でしたので、
素粒子物理の説明の時には
私の周りの方は、コックリコックリ
していらっしゃいました。






以下、講演内容。

1.平成基礎科学財団について

国立大学が公益法人になって、大学は研究資金を稼ぐ必要が出来たので、産学共同の研究を始めるようになったが、工学部、医学部などと違い、文学部や理学部は非常に資金調達が難しい学部である。
特に「基礎科学」はお金にならない研究なので、企業からの調達は難しく、将来を危惧して財団を作ることにした。
財団を作るには、法規上、1億円の現金が必要だが、その時手元に 500万円しかなかった。
運よくノーベル賞を受賞して、副賞で 3、500万円が手に入ったので、合わせて 4、000万円準備でき、スーパーカミオカンデの関係企業に、残りの6、000万円の出資をしてもらって財団が出来た。

しかし財団を運営をしていくためには、経費がかかるので、皆さんに個人としての賛助会員になってもらったり、 1人、1年に 1円 自分達の国の基礎科学を支援していただきたいので、自治体ごとにまとめて、人数分の会費を寄付してもらっている。

天皇陛下と皇后陛下におかれては、今年分と今後 10万年分の先払いと言われ、200、002円をお支払いくださり、非常に感動した。

2.素粒子物理 と 宇宙

大きさ別に、
銀河~太陽系~太陽を扱うのは 「天体物理」 で 望遠鏡 で観察する。
地球~山を扱うのは 「地球物理」
人~アメーバーを扱うのは 「生物物理」 で 顕微鏡 で観察する。
分子~原子を扱うのは 「物性物理」 で 原子顕微鏡 で観察する。
原子核~素粒子を扱うのが 「素粒子物理」 で スーパーカミオカンデ で観察する。

ところが銀河のビッグバンは、素粒子の活動なので、結局ふりだしの「天体物理」に戻る。

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3.スーパーカミオカンデについて

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 お天気の良い日に 
 飛行機雲を見ると、
 飛行機の姿は見えないのに、
 飛行機の位置や飛んでいく方向、
 スピードがわかるように、
 目に見えなくても、
 通って行った軌跡がわかれば
 素粒子のことがわかる。

 それを測定するのが
 スーパーカミオカンデという
 装置である。







4.ノーベル賞受賞理由について

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 この研究に対して、莫大な研究資金を投じる
 アメリカに負けないために、研究を重ね、
 世界最大の光電子増倍管の開発に成功した。
 
 これが出来たことによって、
 アメリカより小さな実験施設でありながら
 「太陽ニュートリノの天体物理学」
 「超新星ニュートリノの観測」
 「ニュートリノ振動の発見」を達成させることが
 できた。






5.ニュートリノとは何か。

時間がなかったので、急ぎながら説明されましたが、
これは書ききれません。(笑)

私は「物性物理」を専攻していたので、「素粒子物理」の知識があまりありませんが、
ハッブルの法則やチェレンコフ光の発生、92種類の元素についての説明は懐かしく 
また興味が持てました。

もっともっと聞きたいと思いました。

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by saint-arrow-mam | 2011-04-05 19:34 |   講演会 | Trackback | Comments(10)